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古社への誘い 神社散策記

たまには静かなる社の空間に身をまかせ、心身共にリフレッシュしてみませんか・・・・

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関浅間神社

 関浅間神社の西側に流れる志戸川は、埼玉県北西部の児玉地方を流れる利根川水系小山川支流の一級河川である。全長9.3kmあまり。埼玉県児玉郡美里町広木の山中より那珂川、鳶ノ巣川、枌木川が源を発し合流して志戸川となる。美里町、深谷市の田園地帯を流れ、深谷市西田付近で小山川に合流する。現在は志戸川という表記が固定しているが、昭和初期までは志渡川、志度川と表すこともあった。例えばJR高崎線と八高線が志戸川を跨ぐ地点に架かる橋梁の名前は、共に支度川橋梁である。
 武蔵国郡村誌(明治9年の調査を基に編纂)によれば、那珂郡広木村で志度川と表記されているが、下流の那珂郡駒衣村、児玉郡阿那志村、関村および榛沢郡の村々では志戸川であり、志渡川の表記は見られない。 
 
この河川は一級河川ではあるものの、雨を集める流域面積が少ないという特徴を持っていた。どの村でも一様に”堤防なし”と記されているところから洪水等の水害の被害が少なかった地域だったと思われる。逆に解釈すると集まる水の量が少ないということは、使える水の量もおのずから限られたものになることを意味する。流域の人口が増えていくにつれ、農家は、慢性的な水不足に悩まされた。関浅間神社の由緒に書かれている「当社は江戸時代から富士浅間信仰に基づき、地元川輪だけでなく近在近郷の人々から広く崇敬されていました。特に雨乞いに霊験あらたかといわれています。」という一文にもその当時の水不足の状況が垣間見られる。
所在地   埼玉県児玉郡美里町関1947
御祭神   木花咲邪比売命
社  挌   旧指定村社 阿那志村鎮守
例  祭   例祭4月13日

         
 関浅間神社は埼玉県道75号熊谷児玉線を旧児玉町方向に進み、山崎山、諏訪山の丘陵地の間を越えた関集会所のすぐ先の交差点を左折すると左側にこの社の鳥居が見えてくる。もっともその交差点には「指定村社 浅間神社」と表記された社号標石があり、見た目だけは分かりやすい社である。駐車場は残念ながら無く、鳥居の前の参道が丁度車一台分くらい置くことができるスペースがあり、そこに停めて参拝を行った。
 が意外だったことは、鳥居からスタートした拝殿までのルートが思った以上に長く、ほの暗い参道を延々と進むその時間は心寂しく、ハイキング気分とは到底いかないものだった。
           
            交差点を左折するとすぐ左側にある鳥居。ここから徒歩にて拝殿に向かう。
  
    諏訪山丘陵地の一隅に位置する鳥居             約200m位延々と続く参道     
            
            ほの暗い参道をしばらく進むと浅間神社の明るく開けた空間が広がる。
           
                              拝    殿
             
浅間神社社殿改修記念碑
 浅間神社は字川輪の鎮守であり。御祭神に木花咲邪比売命をお祀りしています。社伝によりますと創建年代は不詳ですが、永正年間(1504-21)に鉢形城主北条氏邦が深く信仰し、社殿を再興したといわれています。
 当社は江戸時代から富士浅間信仰に基づき、地元川輪だけでなく近在近郷の人々から広く崇敬されていました。特に雨乞いに霊験あらたかといわれています。
 当社の社殿は、今から106年前の明治33年に建設された後、昭和から平成の時代と、幾度かの営繕工事を重ねてまいりました。しかし、老朽化が急速に進み、改修工事を実施せざるを得ない状況となりました。
そこで、平成18年5月6日に氏子総会を開催して協議したところ、出席者各位の賛同を得て、社殿改修の浄財を募り、改修工事の運びとなった次第です。
 改修総工事費は、553万5千円であり、平成18年10月9日に着工し、平成18年12月10日に完成しました。
此処に改修工事の旨を石碑に刻み、後世に伝えるものであります。
                                                     境内石碑から引用

      社殿の左側の奥にある境内社                       神楽殿
浅間神社
大字関にあり、木花咲邪比売命を祀る。創建の年代等不明であるが、伝えによれば永正年中(1504-1521)北条氏邦が深く当社を信仰し、社殿を再興し広大な社地を寄進したといわれるが、慶長18年(1613)火災にあい文書等すべて烏有に帰したという。
                                                      美里町史より引用

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