外野香取神社
・所在地 埼玉県久喜市外野66
・ご祭神 経津主大神
・社 格 旧外野村鎮守 旧村社
・例祭等 初会合 1月1日 春祭り 4月15日 夏祭り 7月19日
秋祭り 10月19日
久喜市外野地域は、旧利根川である中川と葛西用水に挟まれた低地帯で、元来、稲作が主体とした農業地域であり、氏子も数十戸あまりと少なかったのだが、昭和30年代以降は、東鷲宮駅ができたことにより転入者が相次ぎ、また、従来水田であった地域北部には、近年東鷲宮ニュータウンが造成されたことにより、昔からの景観も大きく変わってきているという。
外野の鎮守社である外野香取神社は、JR東日本・東鷲宮駅から直線距離にして1㎞程南側にある「成立学園鷲宮グランド」に隣接してひっそりと鎮座している。
外野香取神社正面
『新編武蔵風土記稿 葛飾郡外野村』
外野村は、古へ西大輪村の内なり、元祿の改に始て西大輪村の枝鄕と載たり、其後又枝鄕の唱をすてゝ、全く別村となれり、
『日本歴史地名大系』 「外野村」の解説
西大輪村の南東にある同村枝郷。元禄一〇年(一六九七)に分村したという(郡村誌)。元禄郷帳に高二八三石余とあり、国立史料館本元禄郷帳によれば旗本三浦領。
左側の狛犬の隣に祀られている弁才天 右側の狛犬の隣に祀られている稲荷大神社
拝 殿
『新編武蔵風土記稿 葛飾郡外野村』
香取社 村の鎭守なり、勝藏院持、下同じ、 末社稻荷 辨天
勝藏院 新義真言宗、東大輪村密藏寺末、慈光山と號す、本尊不動、辨天社
香取神社 鷲宮町外野六六(外野字前)
鎮座地の外野は、中川と葛西用水(いずれも旧利根川)に挟まれた低地であるため、太平洋戦争後、河川改修が行われるまでは、しばしば洪水に悩まされた。しかし、その洪水は当社の創建と深くかかわっており、氏子の間では次のような話が伝えられている。
当社の南側を流れる川(葛西用水)が、まだ利根川の本流だったころのある年、大水があった。その後、下総国の香取神社から神体が丸木舟に乗って川を遡り、この地に漂着した。村人は有り難く思い、その神体を、当時はまだ真菰(まこも)の生い茂る原野であったこの地の中でも最も高い所を選んで、小さな茅葺きの祠を建ててお祀りした。これが香取様の創祀である。当時の外野は、家がたった六軒しかない小さな村であったが、開発が進んで村が大きくなるにつれて家数が増え、社殿も大きくなって今日のようになった。
この話がいつごろのことで、また、漂着した神体がどんなものであったかはわからないが、『風土記稿』には「香取社 村の鎮守なり、勝蔵院持、下同じ、末社稲荷 弁天」とあることから、江戸中期には現在のような姿で祀られていたものであろう。また、本殿には幣束のほか、神祇管領により調進された「香取大明神勧請安鎮座」の霊璽が納められている。この霊璽に年紀は見られないが、卜部兼雄の名が記されていることから、江戸中期に受けたことがわかる。
「埼玉の神社」より引用
本 殿
当社は村の鎮守として氏子からの信仰も厚く、祭典に当たっては五穀豊穣・家内安全が祈願されている。また、婦人からは安産の神としても信仰されており、祭典で使用されたろうそくの燃え残りは安産のお守りとされているようである。
境内の一風景
参考資料「新編武蔵風土記稿」「日本歴史地名大系」「埼玉の神社」等
