境東新井神明宮
・所在地 群馬県伊勢崎市境東新井150
・ご祭神 天照皇大神(推定)
・社 格 旧東新井村鎮守 旧村社
・例祭等 春祭り 4月17日 秋祭り 11月第3日曜日
冠稲荷神社参拝後、一旦ジョイフル本田新田店にて買い物を行った後、群馬県道2号線前橋舘林線を3.5㎞程西行し、「境東新井」交差点を左折する。一戸建ての住宅が立ち並ぶ一直線の道を南下すること700m程、周囲が田畑風景にかわり、右手方向にポツンと境東新井神明宮の社叢林が見えてくる。
社周辺には専用駐車場はないようなので、社の北側にある霊園の駐車スペースをお借りしてから、参拝を開始する。
境東新井神明宮正面
『日本歴史地名大系』 「東新井村」の解説
上淵名村の東に位置し、南は新田郡花香塚(はなかづか)村(現太田市新田)。寛文郷帳では淵名村に含まれたが、元禄郷帳には村名がみえ高二〇九石余、伊勢崎藩領。近世後期の御改革組合村高帳では同藩領、家数三〇。天保二年(一八三一)の伊勢崎領田畑寄(上岡文書)によると反別田一二町七反余・畑一一町九反余、新開田畑のうち田一町四反余・畑八町九反余。家数四一、馬一七疋。天保郷帳では淵名村に含まれた。水利は用水に頼るところが大きく、山中沼(一千一四八坪)、中ノ沼(七千八四〇坪)、上ノ沼(六千二七二坪)などがあった。当地は地下水が浅く低湿地帯をなしており、北部の矢ノ原も湿地帯のため開発が遅れ、上・下淵名村と当村三村の入会秣場となっていた。
鳥居の左側先に祀られている石祠 石祠の先に建つ社号標
境東新井地域は、古くは上淵名村に属していたが、江戸時代にいたって一村をなした。 村高二〇九石余伊勢崎領で、この集落は畑より水田が多い。伊勢崎から太田を結ぶ線上には「井」のつく地名が数多くあるが、いずれも大間々扇状地の下にあった清水湧出源がこのあたりで頭を出しているので水利に便である。但しこの集落は湿地帯に属し、一たび降雨にあうと農家の庭先は泥濘と化してしまう。純農村地帯で北部矢ノ原の開墾されたのは最近であり、米作と養蚕および生姜、大根等の生産が主である。
鳥居右側横には石碑、庚申塔等が祀っており(写真左)、中には安永四年に建立された抱擁双体道祖神が祀られていた(同右)。
道祖神は境界に建てられ、村へ疫病が入り込まないよう信仰した石造物である。通常、男根形の自然石、石に文字や像を刻んだものなどが多いのに対して、この道祖神は男女が肩を組むもので平野部では珍しく、境地区の道祖神は文字塔ばかりで男女の神像を刻んだものはこれ一基だけという。
周囲樹木に囲まれ、厳かな雰囲気を醸し出している社
境内左側に並んで祀られている石祠・境内社 境内右側には塚上に祀られている社あり
浅間社、または富士塚か
境内左側には数基の石祠が並んで祀られている(写真左・右)。左側の写真の赤い石祠は元々木製の合祀社であったようだが、老朽化の為改築されたものであったとの石碑に刻印されている。ご祭神は秋葉宮 火之迦具土之大神(火防の神)・天神宮 菅原道真命(学問の神)・機神宮 建葉槌命(機織の神)の三柱。この三柱の一柱である機神宮のご祭神である建葉槌命は当地では「機神様」と呼ばれ、嘗ては機仕事が上達するのを願い、お礼には残り糸や繭を捧げたという。
また、右側写真の石祠は天王宮と屋根部正面に刻まれている。
境内にある「東新井の獅子舞」の案内板
伊勢崎市指定重要無形文化財 東新井の獅子舞
平成十八年六月十五日指定
東新井の獅子舞は、神明宮と七母女天宮の春と秋の祭り、旧暦十一月一日の神帰りの日に奉納されていました。五穀豊穣、家内安全、悪疫退散の願のほか、雨乞いに際しても舞いました。
戦後しばらく途絶えていましたが、昭和五十三年に復活し、毎年十一月第三日曜日に奉納されています。
舞は、近隣の下淵名、国定赤城神社、今は行われていない境上矢島と同じ栃木県日光市に起った文挟流の一人立三人連舞の獅子舞で、法目(老獅子)・雄獅子・雌獅子が連れ舞います。
奉納は、神明宮で木刀と六尺棒を持った二人の剣士の祭礼棒術の後、社前で獅子舞が行われます。演舞を終えると、行列を成して、妙天様と呼ばれる七母女天宮へ向けて巡行します。
演目は、平ざさら・橋掛り・ボンゼンの舞の三つで構成され、岡崎・向かい灯籠・ちょうちょう止まれ・おかち・ちいほほの五種類の口伝が伝承されています。
平成二十二年三月 伊勢崎市教育委員会 案内板より引用
拝 殿
創建や由緒等、調べてみたが全く不明だが、境東新井神明宮は鎌倉時代、藤原秀郷の孫の淵名太夫が東新井の地を領したとき天祖大神を此処に創祀し社領を寄進したのが始まりという。古くから七母女天宮とともに東新井の獅子舞が奉納されている。
社殿の右側奥にある北側鳥居 境内北東部にある獅子舞等の倉庫らしき建物
境内の様子
社を南西方向から撮影
参考資料「伊勢崎市HP」「境町の民俗HP」「境まちの史跡と景観写真集HP」
「日本歴史地名大系」「境内案内板」等
