七母女天宮
・所在地 群馬県伊勢崎市境東新井429
・ご祭神 天照皇大神(推定)
・社 格 不明
・例祭等 秋祭り(東新井の獅子舞) 11月第3日曜日
境東新井神明宮から群馬県道2号線前橋舘林線に戻るように同じ道を北上、500m程進んだ十字路を右折すると七母女天宮が見えてくる。
小さな社だが、「東新井の獅子舞」にも関連してくる社でもあり、意外と近距離でもある為参拝した。但し周囲に駐車スペースが全くないため、路駐をして急ぎ参拝を行う。
七母女天宮正面
鳥居前の石柱には左側に「七母女天」、右側に「大土神社」と刻まれている。
それぞれの社名に対して調べてみると、大土神社は、神戸市灘区に鎮座する「大土神社(おおつちじんじゃ)」と社名が同じことから、ご祭神は天照皇大神と思われる。
それに対して、七母女天(しちもみょうてん)とは、密教、特に天台宗の玄旨帰命壇における本尊で、阿弥陀経および念仏の守護神ともされる「摩多羅神(またらじん)」の別神名とされている。つまり、摩多羅神の「Matarah」=摩怛利神=七母天と同体であると想定し、その上で七母天と北斗七星を結びつけたもので、七母天女の本地が吉祥天で、北斗七星の1つである文曲星を吉祥天とする説もある。
鳥居に掲げてある「七母女天宮」の社号額
因みに摩怛利神(摩怛哩神、摩怛曳とも)は、梵語で「母」を表すMatrの音写であり七母天のことである。七母天は閻魔天あるいは摩訶迦羅天(『理趣経』)の眷属で、両者に祈願して行疫神を宥め病疫を退散して一切の罹患者を救済せんとする行法が「摩怛利神法」と呼ばれるという。
七母女天宮は別名「妙見様」とも呼ばれている。「妙見」信仰は、インドで発祥した菩薩信仰が、中国で道教の北極星・北斗七星信仰と習合し、仏教の天部の一つとして日本に伝来したものである。元々、渡来人の多い近畿以西の信仰であったが、渡来人が朝廷の政策により東国に移住させられた影響で東日本、特に信濃から関東・東北にかけて広まったという。
まあ、いろいろな説を載せているのだが、七母女や摩多羅神・摩怛利神、妙見信仰との関わり等、正直分からないことだらけの神である。
拝 殿
この社の創建や由緒等は、境東新井神明宮同様どう調べても分からない。但し『境町の民俗』において七母女天宮に関連する記述があるので箇条書きにて紹介する。
・妙天様 (東新井)は七母妙天で一切の病疾に御利益があるといわれる。お礼には三角の布袋に綿をつめた匂袋を三つか五ツ、多いのは十数個糸でつなぎ合わせてあげる。
・境東新井地域は、数十年前まであった道化芝居は有名で、芝居に使われたカツラ小道具の類は最近まであった。七母女天は厄神として今も信仰され、実相院と称した寺は廃されたが、御本尊木彫聖観音は今も残され、つぎの台座墨書銘がある。
奉造立観音尊像二世
圓満子孫繁昌之所ヲ守護シ給也
天正十七年己霜▢▢▢▢▢宝前
実相院趾には大きな百万遍珠数が残されており、例年行ってきた天道念仏は廃された。
南側から境内を撮影
参考資料「境町の民俗」「境まちの史跡と景観写真集HP」「ウィキペディア(Wikipedia)」等
