栗坪諏訪神社
・所在地 埼玉県日高市栗坪293
・ご祭神 建御名方命
・社 格 旧栗坪・梅原両村產土神 旧村社
・例祭等 元旦祭 例大祭(獅子舞)8月28日に近い土・日曜日
埼玉県道15号川越日高線の「カワセミ街道」との交点である「高麗本郷」交差点を東方向に進むところは、栗坪厳島神社と全く同じであるが、同県道を900m程東行した丁字路を左折すると栗坪厳島神社に達し、そのまま直進するとすぐ左側で県道沿いに栗坪諏訪神社が見えてくる。
栗坪諏訪神社正面
この日高市を東西に横断する埼玉県道15号川越日高線、特に川越市連雀町から西側は、かつて「川越秩父線」だったように「川秩線」とか「秩父街道」と呼ばれていて、川越市内やさいたま市(特に旧・大宮市域)方面と日高市、飯能市、秩父市方面を連絡する道路でもあったようだ。
慶長2年(1597)高麗町(のちの高麗本郷)にあった幕府代官大久保石見守長安の陣屋(高麗陣屋)が焼失し、新たな陣屋を梅原村との境に近い栗坪村地内に移したところ、川越秩父道に沿って当村から梅原村にかけて約四町の町並ができたという。このような経緯があり、高麗町の名称は梅原・栗坪二村の通称と移り、旧陣屋所在地は高麗本郷と称されるようになったといわれている。
拝 殿
以前は県道沿いに社殿は鎮座していたが、つい最近、埼玉県道15号川越日高線の
道路整備の為、奥に移動し新しい社殿が造営されたようだ。
『新編武藏風土記稿 高麗郡栗坪村』
諏訪社 栗坪梅原兩村の産神なり、宮を造營するは神慮に叶はずとて、村の內往還の傍に笹竹をもて屋根ともに打樊へり、例祭七月廿八日にて、其時かの笹竹の覆ひを改め營むと云、村持、
諏訪神社 日高町栗坪に九三(栗坪字町)
当社は高麗川の南岸に位置している。栗坪の地名は、古くから栗の産地であり、ここの栗は、壺に貯えれば春になっても味が変わらないことからきているという。『風土記稿』によると、慶長二年に災厄があったため高麗本郷にある陣屋と高麗町の民家を当地に移したところ、それがやがて梅原村にまで軒を連ねるほどの宿に発展し、一時は四日と八日を市日としてにぎわったという。
当社は、この宿を通る川越・秩父街道に面して鎮座し、口碑によると信州の諏訪神社から勧請されたものであるという。
祭神は建御名方命である。社殿の造営について『風土記稿』に、「宮を造営するは神慮に叶はずとて、村の內往還の傍に笹竹をもて屋根ともに打樊へり、例祭七月二八日にて、其時かの笹竹の覆ひを改め営むと云」と載せる。これは現在でも続けられ、神社建築としては珍しい形を残している。本殿の規模は高さ一・三メートル、間口一・一メートル、奥行一・一メートルで、茅(かや)と竹で造られている。これは、毎年七月二六日の「お宮造り」の時に氏子の中の宮師と称する者が造り、材料の茅は通称松山と呼ぶ山の麓から刈って来る。なお、覆屋及び拝殿は、明治四四年に神社として社殿なきものは村社に合祀するとの命令を受けたため、氏子一同が協議して、一○年余りの間、積み立てを行い、大正一二年七月に現在の社殿を竣工した。
「埼玉の神社」より引用
拝殿の右側に建つ白壁調の獅子舞道具庫 獅子舞道具庫の前に設置されている案内板
諏訪神社の獅子舞 市指定文化財 無形民俗文化財
昭和57年12月8日指定
諏訪神社(諏訪社)は、信州諏訪神社から勧請されたと伝えられ祭神に建御名方命を祀っています。本殿は、竹の骨組みに茅で屋根を葺き、周りも茅で囲う神社建築として珍しいものでした。
『新編武蔵風土記稿』に「宮を造営するは神慮に叶はずとて、村の内往還の傍らに笹竹をもて屋根ともに打樊へり、例祭七月二十八日にて、其時かの笹竹の覆いを改め営むと云」と記され、毎年茅が葺き替えられていましたが、平成9年を最後に現在の本殿に替えられました。
獅子舞は五穀豊穣、家内安全を願い、例大祭で奉納されます。演目は、宮参り、村回り、雌獅子がくし、村回り、竿がかりの順で行われます。村回りは、始めに下宿(高麗宿の東側・大字栗坪地区)、次に上宿(高麗宿の西側・大字梅原地区)を回ります。豪壮で荒々しい舞は「高麗宿の喧嘩獅子」と言われています。(中略)
案内板より引用
獅子舞が奉納される例大祭は、豊作祈願と疫病除けの祭りで、「高麗の待」とも呼ばれ、宿の街道沿いが祭り一色となって賑わう。また、ここでは、江戸時代信州下諏訪から伝承された獅子舞が上演される。
これはもともと同地域の竜泉寺で行われていたが、明治6年から当社で舞われるようになった。特に、当地の獅子舞は“狂う”といい、先獅子・中獅子・後獅子の三頭で行われ「竿掛(ささがかり)」などは豪壮で荒々しい舞は「高麗宿の喧嘩獅子」と言われていて、日高市指定無形民俗文化財に指定され、こうして今に受け継がれている。
社殿の左側後方に祀られている三峰社
当地で結成されていた講としては、三峰講・御嶽講・榛名講・大山講があったが、現在でも代参を行っているのは三峰講だけである。三峰講は、当社境内に御眷属の祠を祀り、講員は火防、盗賊除けの神札を三峰神社から受け取るのが通例となっており、代参は秩父神社の夜祭りに合わせて行っているという。
参考資料「新編武蔵風土記稿」「埼玉の神社」「境内案内板」等
