虚空蔵山古墳
区 分 埼玉県選定重要遺跡
埋葬者 不明
築造年代 6世紀後半(推定)
小見真観寺古墳から県道を挟んで北側に虚空蔵山古墳がある。
墳長50mほどの前方後円墳だったと見られているが、ほとんど削平されてしまい、現在は前方部の一部分のみが残っている。近年、後円部と周溝の一部が確認され、 周溝内から笑い顔の女性の埴輪・馬形埴輪・ 太刀形埴輪の破片が発掘された。
虚空蔵山古墳
虚空蔵山古墳は、小見古墳群に属する前方後円墳で小見真観寺古墳の北西に隣接して位置しています。
残念ながら現在は前方部の墳丘の一部が残るのみですが、平成20年の発掘調査で、後円部と周溝の一部が県道の東側で確認され、推定墳長約60mの前方後円墳であったことが明らかになりました。周溝内からは大きな乳房を持つ笑い顔の女性の人物埴輪、馬形埴輪、太刀形埴輪、円筒埴輪などの破片が出土しています。
埴輪の形態から小見真観寺古墳に先行して6世紀後半に築かれた古墳であると思われます。
なお、現存する墳丘は東西26m、南北19m、高さ約3m、墳頂には名前の由来となった虚空蔵菩薩がまつられています。
行田市教育委員会掲示より引用
尚、この古墳の埋葬主体部は、巨大な緑泥片岩の板石を使用した横穴式石室があったとされ、現在真観寺境内の樹木の下付近にある。
虚空蔵山古墳は小見真観寺古墳とほぼ隣接して築造されている。前出した真名板高山古墳は小見真観寺古墳と同じ東西に主軸をもつ古墳で、築造年代がほぼ同じ。この6世紀後半は埼玉古墳は鉄砲山古墳(全長109m)、真名板古墳(全長127m)、小見真観寺古墳(やや遅れて7世紀初頭、112m)とこの狭い行田地域は大型古墳の建設ラッシュ時期でもあった。虚空蔵山古墳は小見真観寺古墳より埴輪の形態から小見真観寺古墳に先行して6世紀後半に築かれた古墳であると思われることから親子の関係があったのかもしれない。少なくとも、状況的にこれらの古墳を築造した埋葬者たちは埼玉古墳群を生で見ていただろうし、そして意識して意図的に古墳を造った、と考えていいと思う。ただしその埋葬者が埼玉古墳群の埋葬者たちとどのような関係にあったかは残念ながら推測のみで不明である。