古社への誘い 神社散策記

たまには静かなる社の空間に身をまかせ、心身共にリフレッシュしてみませんか・・・・

和戸浅間神社


        
             
・所在地 埼玉県南埼玉郡宮代町和戸24
             
・ご祭神 木花之咲耶姫命
             
・社 格 旧和戸村和戸宿鎮守
             
・例祭等 初山(ウラ浅間) 630
 国納雷電神社から一旦北上し、埼玉県道65号さいたま幸手線に合流後、東武伊勢崎線の踏切を越えたすぐ左側に社に通じる道幅の狭い路地がある。民家も立ち並び、また路地自体も目立たないので、そのまま通り過ぎてしまう可能性もあるが、その路地の両側には幟ポールが左右一対建っているのでそれが目印となっている。路地を進むと、そこは同時に社の参道ともなっていて、赤い鳥居を進んだ先の塚上に和戸浅間神社は鎮座している
        
                 
和戸浅間神社入口付近
 社の
創建年代は明らかではないが、個人持ちであった社を、文化14年(1817)に富士信仰の集団である富士講持ちの神社としたと伝えられる。また、昔、和戸村に疫病が流行り、これを鎮めるために浅間様を迎えて祀ったという伝承がある。
 明治32年の東武鉄道の敷設に伴い、現在の場所に移転している。毎年630日の祭礼には「ウラ浅間」と呼ばれ、赤ちゃんの健やかな成長を願って、赤ちゃんとその親が山に登り、赤ちゃんの額に神社のはんこを押してもらう「初山(はつやま)」の行事として多くの参詣者で賑わうという。
        
             路地の途中に設置されている社の案内板
 和戸浅間神社
 所在地 宮代町大字和戸字宿
 和戸浅間神社の創建は明らかではないが、江戸時代の始め個人持ちの社であったものを、文化十四年(一八一七)に富士信仰の集団である富士講持ちの神社になったと伝えられている。明治三十二年東武鉄道の敷地となったため、現在地に移転した。
 祭神は木花之咲耶姫命を祀る。祭礼は六月三〇日で「ウラ浅間」と呼ばれ、文化十二年旧暦五月三十日に初めて行われたという。以来、子供の成長を願う初山の行事として毎年参詣者でにぎわう。祭礼当日には参道に灯籠が飾られ、大正時代の始めから昭和四十五年まで山車も曳かれている。また、当社では十一月初旬に七五三の行事も行われている。
 富士信仰は、富士山を中心とする山岳信仰の一つで古代よりあったが、特に江戸時代後期には庶民の間にも広がり絶頂を極め、各地で小富士も築かれた。天保十四年(一八四三)の将軍日光参詣不二道奉仕者国郡村敷控には「和戸、西粂原、東粂原」等の村名もみられ、信者の分布の様子を知ることが出来る。
                                      案内板より引用
        
           赤い鳥居を過ぎたその先の塚上に社は見えてくる。
           社のすぐ近くに聳え立つ巨木も一際目立つ存在だ。
        
                    拝 殿
 和戸宿では、和戸宿の鎮守として浅間神社を祀っている。和戸の浅間神社の祭礼は六月三〇日に行われ、「うら浅間」といわれている。祭典は午前九時から行われ、県道岩槻幸手線から浅間神社までの参道に灯籠が灯る。境内ではお札、お守り、破魔矢などが販売される。なお、この日には、昭和四五年までは山車が出た。山車には祭り囃子の囃子連が乗って祭り囃子を演奏した。囃子は太鼓三人、笛二人、鉦一人ほどで、杉戸町茨島の囃子連を頼んだ。このほか、山車の前には、島田のかつらに化粧をして女装した若い衆が歩いたりした。
 御成道を曳航したもので、露天商も多く出て賑わったものである。この祭りは、周辺地域の夏祭りの先陣をきって行われるもので、この日までに田植えを終わらせたものである。また、「和戸が山車で高野は神輿だ」とか、「和戸が雨だと高野は天気だ」と七月中旬に行われる幸手市上高野の祭りと並び称せられたという。

 ところで、和戸浅間神社から県道を挟んだ東側には「和戸公民館」が建っているのだが、嘗てこの場所には「須賀村役場」があったという案内板が設置されている。
 
       現在の和戸公民館             須賀村役場跡の案内板
 この案内板によると、旧須賀村役場は明治22年(1889)、和戸・須賀・東粂原・西粂原・国納の五カ村が合併した際に、西粂原の宝光寺に置かれた。明治44年、現在の須賀小中学校の近くに庁舎が新築されたが、立地上に問題が生じた為、大正3年(1914)に大字和戸(現在の和戸公民館の場所)に新築移転した。木造二階建てで事務室は1階のみであったそうだ。その後、昭和307月、須賀村と百間村が合併し宮代町が誕生した後は須賀支所として使用されていたが、役場庁舎の新築に伴い昭和36年に須賀支所は廃止になったということだ。


参考資料「宮代町立図書館/宮代町デジタル郷土資料HP 宮代町史 通史編」「境内等案内板」等

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