太田市内ヶ島町 女体山古墳
・所在地 群馬県太田市内ケ島町1506-1
・形 状 帆立貝形古墳(又は造り出し付き円墳)
・規 模 墳丘長106m
後円部径84m 高さ7m 造り出し部幅18m 高さ1m
・築造時期 5世紀中頃(推定)
・史 跡 国指定史跡 (指定年月日) 昭和2年4月8日
※参拝日 2026年1月11日
国道407号線を北上し、「太田市役所南」交差点を右折、1.7㎞程東行した「内ケ島」交差点を左折し群馬県道2号前橋舘林線を右側に女体山古墳が見えてくる。ざっくりいうと「大田イオンモール」のすぐ西側にある。古墳前に駐車スペースが若干あるということのようだが、交差点の向かい側にはコンビニエンスもあり、そこの一角をお借りし、買い物をしてから古墳散策を行った。
県道沿いにある女体山古墳
太田市内ケ島町地域は、市東南側に位置し、金山丘陵の南に広がる沖積平野に残るローム層からなり、古代の行政区分である新田郡と山田郡の境界付近に位置しており、奈良・平安時代には新田郡に属していたものと考えられている。
女体山古墳正面造り出し部を撮影
造り出し部は幅18m、長さ16m
古墳正面前部に設置されている案内板 案内板の右側にある標柱
国指定史跡 女体山古墳
所 在 地 太田市大字内ケ島字女体1506ほか
指定年月日 昭和2年(1927)4月8日
隣接する男体山(天神山古墳の別名)に対して女体山と呼ばれる円丘部に方形の造り出し部を付けた形で帆立貝形古墳という形式である。
墳丘の全長106m、円丘部直径84m、高さ7m、造り出し部は幅18m、長さ16mである。帆立貝形古墳としては奈良県北葛城郡河合町の乙女山古墳(墳丘全長128.6m)に次いで全国第2位の規模を有する。周囲に幅11~19mの周堀を持つ。墳丘表面には川原石が葺かれ、円筒埴輪が巡らされている。
主体部(埋葬施設)は竪穴式のものと推定される。未発掘と伝えられるが、墳頂付近に削平の跡があり盗掘を受けているものと考えられる。
築造時期は5世紀中頃で、天神山古墳よりやや先行する時期と考えられている。
平成2年(1990)3月31日 案内板より引用
墳頂部はなだらかな平面が続く。 墳頂部に祀られている石祠二基
周囲に幅11~19mの周濠をもち、墳丘表面には河原石が葺かれ、円筒埴輪がめぐらされている。主体部(埋葬施設)は竪穴式のものと思われ、墳頂付近に削った跡があることから盗掘を受けていると推定される。築造時期は5世紀中ごろで、天神山古墳よりやや先行する時期で、天神山古墳と女体山古墳はともにきわだった規模をもち、ほぼ同一時期に、同一方向を向いて築造されていることから、両古墳の被葬者には密接な関係があると考えられている。1927年(昭和2)に国の史跡に指定された。
女体山古墳から東方向を望むと、太田天神山古墳が見える。
参考資料「国指定史跡ガイド」「日本歴史地名大系」「太田市HP」「太田市観光物産協会HP」
「ウィキペディア(Wikipedia)」「古墳内案内板」等
