古社への誘い 神社散策記

たまには静かなる社の空間に身をまかせ、心身共にリフレッシュしてみませんか・・・・

葛和田神明社

 葛和田地域は、熊谷市の北東部に位置し、利根川がすぐ北側にあり、現在は肥沃な妻沼低地面で野菜の栽培が盛んな地域である。また、利根川の渡船場、グライダー滑空場、荻野吟子氏生誕の地が地区周辺にはあり、歴史と文化に彩られた地域でもある。葛和田神明社は地区東部に鎮座していて、すぐ後ろは利根川の土手であり、永禄年間(15581569年)には、上杉謙信が船橋を架けて軍が渡河していたと伝わる、埼玉と群馬群馬県千代田町赤岩を結ぶ「葛和田渡船/群馬県側の名称は赤岩渡船」が現在も利根川に残る貴重な渡し船として現役で活躍している
 
嘗て北東の利根川の葛和田の渡しの近くに鎮座していた大杉神社が、大正期の利根川の河川改修堤防工事に伴い境内に合祀されて、市指定無形民俗文化財である大杉あばれ神輿が葛和田神明社で年に一回行われている。
        
             
・所在地 埼玉県熊谷市葛和田591
             ・ご祭神 天照大御神
             ・社 格 旧指定村社
             ・例 祭 祈年祭 4月中旬 大杉祭典 7月下旬 例大祭 10月中旬
 葛和田神明神社は、埼玉県道59号羽生妻沼線と同県道83号熊谷舘林線が合流する「秦小学校前」交差点を右折し、100m程進み、変則的な十字路を左折し、300m程先の十字路をまた左折すると葛和田神明神社が見えてくる。残念ながら神社東口にある境内に入る入口は封鎖されていたので、仕方なく門前に路駐し、急ぎ参拝を開始。
        
                 葛和田神明神社正面鳥居
 
     木製で神明造りの一の鳥居         二の鳥居。脇には社号標柱あり
                        社号標柱には「指定村社 神明社」と表記
        
                                     
南北に長い参道
        
                 
参道の両脇には2基の灯篭。その先にある非常に小さな狛犬。
 特別狛犬の大きさには規定があるわけでないと思うが、境内の規模に対しての違和感は拭えない。但し狛犬の表情は可愛らしい。
        
             参道左側にある「大杉神輿修繕記念碑」と修繕寄附芳名碑
【大杉神輿の由来】
 江戸時代、葛和田・大野・俵瀬村は利根川の川岸場として賑いの地であった。大杉神社は利根川に注ぐ道竿堀の南に在ったが大正三年堤防工事に伴い現在の地、神明神社に合祀されたものである。
 その昔、荒宿の与助という腕の良い船頭がおり江戸まで三十余里の船路を運行していた。ある日、与助が百石船に、米・野菜・薪等を積んで江戸に向かって出発した。二日目に霞ヶ浦の西浦に差し掛かった頃一天俄にかき曇り凄まじい暴風となった。腕に自信のある与助であったが操る船は木の葉の様に揺れ今にも波に飲まれんばかりであった。思わず口をついて出た言葉は「南無大杉大明神」日頃厚く信仰している大杉様におすがりしようと一心に祈念するうち、これは不思議、荒れ狂う波の上に白髪の大杉様が白雲に乗って静かに現れ木の葉の様に揺れ動く与助の船を片手で掴みあれよあれよと言う間に波静かな海へ運んでくれました荷物を無事に届け村に帰った。与助の口からこのことを聞いた村人達はいまさらの様に大杉様の霊験あらたかなることを感じ、そのお礼と以後船路の安全を祈念して当初江戸末期享和一年(1801年)に神輿を造営した、と伝えられており明治六年(1873年)に現在の大神輿に作り替えられ、年に一度の祭礼を毎年七月二十六日と決めその大神輿を担ぎ村内を一日がかりで練りまわり揉みに揉んでさらには利根川に入れいつしか暴れ神輿といわれ関東地方でも有名なお祭りのひとつに数えられる様になった。
 平成五年一月二十五日付大杉神社祭礼行事として町の文化財に指定され現在の祭礼は時代の変化にともない七月下旬の土・日曜日に変更し盛大に行われている。
                               大杉神輿修繕記念碑文より引用
        
                       葛和田神明社境内に鎮座する大杉神社神輿殿
【関東一のあばれ神輿】
 当社は、伊勢神宮の御師が天照大御神を奉り、利根川の乱流と共に移転を繰り返した葛和田の総鎮守である神明社に大杉神社を合祀した。当地は昔江戸との利根川舟運が隆昌し、与助という船頭が水難の際に大杉明神に助けられた伝説が残っている。7月下旬の大杉祭典は利根川に入れた神輿の上で揉み合うことから「関東一のあばれ神輿」と呼ばれ、勇壮な祭りである。
 神明社は祈年祭(4月中旬)と例大祭(10月中旬)を斎行し、7月下旬の大杉祭典は13時過ぎに利根川に神輿を入れて男衆が揉み合いを行い大勢の観客で賑わう。
 近くの利根川河畔にはグライダー滑空場があり、また群馬県と往来する渡し船が今も運航しており風情豊かな田園風景が残っている。
                                  「埼玉の神社」より引用

        
                          
大杉神社の隣には富士塚と石碑、石祠群
 塚付近に非常に多くの神様が祀られているが、ロープやベンチで詳しく確認できなかったのが残念。
        
                                        拝 殿
 
  凱旋記念碑と石祠2基。石祠は詳細不明。      社殿の右奥にある庚申塔群
        
                                境内にある「改築記念之碑」
【改築記念之碑】
神明社は天照皇大神を鎮祀し葛和田の鎮守と崇敬して来りしものなれどその創設は不詳なり。社領十五石一斗の御朱印を慶安二年に下賜せられしと言えるを見てもその年所久しきを知るなり。明治四十年五月以降葛和田全域神社大杉神社外八柱合祀す。昭和四十二年時代の要求により境内の整備を行う。全氏子協議の結果委員会を結成、第一期工事予算金五十余万円を以て起工し雑木を伐採し適地植樹をなす区画を整然となすにブロック塀延長二百五十三米を建設し昭和四十三年三月竣工。引き続き第二期工事として圣年久しきによる腐朽甚しき建造物の修復を協議中偶々五月十六日子供弄火により拝殿草葺屋根消失直ちに改築委員会に切り替え内外信者の浄財二百八十余万円を以て従来の建坪五十五平方米屋根工法は草葺を廃し日本瓦葺となし斉藤隆彦氏の請負となり昭和四十四年七月竣工す。尚神職は上杉家二代に次いで現島田家三代に亘り奉仕するなり。
                                  改築記念之碑文より引用




 *参考資料 「新編武蔵風土記稿」「埼玉の神社」「千代田町HP」等

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