馬見塚町飯玉神社
1203 年(建仁2)3月世良田長楽寺の開山で知られる栄朝禅師が、関東へ下向の途中、春うららかな野の道を牛の背に乗って通リかかった。牛も眠いのかのろのろしか歩かない。そこで禅師は道端の小松の枝を折って、時々牛の背を、ぴしりぴしりと打って歩ませた。たまたま馬見塚の三ッ橋のほとりで、麻疹(はしか)に苦しむ2人の子供に出合い、その顔に松の小枝をかさして救ったという。そのため、土地の人たちは、栄朝禅師の霊験に感激し、三ッ橋をくぐって麻疹を平癒する祈願が、明治から大正年代まで続いたという。
また、栄朝禅師が使った小松の枝は、不思議や自然に根付いて、いつか土地の人たちから「牛うちの松」とよばれるようになった。この松は、寛文年間に枯死したので土地の人たちは、この名木を絶えることを惜しんで2代目の松を植えたが、この松の木の下に土地の俳人で、栗庵似鳩の高弟の1人である向松庵剣二によって1825(文政8)年に「涼しさやすぐに野松の枝の形」という芭蕉句碑が建てられたとの事だ。
・所在地 群馬県伊勢崎市馬見塚町903
・ご祭神 (主)保食命
(配)素盞鳴命 倉稲魂命 建御名方命 天児屋根命 迦具土命
別雷命 菅原道真命 大己貴命 豊受比売命 日本武命
大山祇命 大日孁命
・例祭等 歳旦祭 春季例祭 4月3日 例大祭 10月17日
交通安全祈願祭・大祓式 12月末日
大正寺町豊武神社から群馬県道142号綿貫篠塚線を1.4㎞程東行し、「馬見塚町」交差点を更に直進すると、すぐ左手に馬見塚町飯玉神社は見えてくる。社の東側には延命寺(新義真言宗)が隣接しており、県道沿いにはお寺の専用駐車場もあるため、そこの一角をお借りしてから参拝を開始する。
県道沿いに建つ馬見塚町飯玉神社正面鳥居
『日本歴史地名大系』 -「馬見塚村」の解説
北は佐位郡茂呂村、東は同郡保泉村(現佐波郡境町)、西は大正寺村・下道寺村。古くに馬市が立ったと伝え、村名の由来という(伊勢崎風土記)。日光例幣使街道が通る。「寛文朱印留」に村名がみえ、前橋藩領。寛文郷帳では田方三五六石余・畑方六三二石余。天保二年(一八三一)の伊勢崎領田畑寄(上岡文書)によれば反別七五町四反余、うち田方一九町八反余・畑方五五町四反余。
境内に設置されている社の由緒板
拝 殿
由緒
一、主祭神 保食命
一、配祀神 素盞鳴命・倉稲魂命・建御名方命
天児屋根命・迦具土命・別雷命
菅原道真命・大己貴命・豊受比売命
日本武命・大山祇命・大日孁命
当社の創建は明らかではないが、後小松天皇の御代の応永年間(1394~1412)大江広元の庶子、那波掃部輔によって再興されたと伝えられている。当社はもと上社と下社の二社からなり、明治四十二年(1909)三月勅令により両社と延命寺境内にあった八雲神社を合祀し、同年八月この地に社殿を移築し奉遷した。昭和五十五年合祀七十周年記念事業として社務所、水舎を新築した。
平成八年四月社殿改築奉賛会を結成し、社殿の改築、境内地の拡張と整備を行い平成九年六月一日に竣工し今日至る。
由緒板より引用
拝殿に掲げてある扁額
その壁面にはなかなか凝った彫刻が施されている。
社殿左側奥に立つ二基の石製鳥居(写真左)。奥の鳥居には「神武天皇」と刻印されている。すぐ近くにある建物は神興庫らしいので、その奥に祀られている末社である石祠十数基(同右)の鳥居と思われる。この末社は、後述する「飯玉神社改築記念碑」に記されている菅原神社・神明宮・稲荷神社・諏訪神社・春日神社・秋葉神社・八雲神社の七柱に関連すると思われるのだが、それ以外の石祠の中に「神武天皇」に関係する社があるのであろうか。
社殿右側に祀られている境内社・飯玉稲荷神社
境内北東側に設置されている「飯玉神社改築記念碑」
飯玉神社改築記念碑
飯玉神社はその歴史は古く 伊勢崎佐波神社誌によれば 後小松天皇の御代応永年間 一三九四―一四一三 上野国那波城主那波掃部輔により那波総社飯玉神社 現伊勢崎市堀口町 の分霊を奉祀されたと伝えられている
当神社は元上社 現三ッ橋町 下社 現本町が馬見塚邑の鎮守の神として鎮座し奉祀されていたが 明治十一年 一村一社令により下社が上社に合祀された 同四十二年勅令により現在地に社殿を移築し境内末社の 菅原神社 神明宮 稲荷神社 諏訪神社 春日神社 秋葉神社 八雲神社の七柱之神を合祀し奉遷した 爾来氏子崇敬者篤く信仰を捧げ平和と繁栄を祈念しその時々に社殿の改修を行い尊厳を守り今日に至ったが多年の風雪により損傷著しく 諸氏相諮り改築奉賛会を結成し神社財産と氏子及び縁りある各位の浄財をもって社殿の改築 境内地の拡張と整備が工事者の誠意と匠技により荘厳に竣工した篤志者の芳名を刻み後世に伝えんとこの碑を建つ(以下略)
記念碑文より引用
境内東側に聳え立つクスノキのご神木(写真左・右)
境内東側に建つ朱色の鳥居
社に隣接してある新義真言宗・延命寺
参考資料「日光例弊使街道HP」「日本歴史地名大系」「境内案内板・記念碑文」等