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古社への誘い 神社散策記

たまには静かなる社の空間に身をまかせ、心身共にリフレッシュしてみませんか・・・・

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高根神社

 不思議なことに神社参拝を行っていると、時として思いもしない素晴らしい社に出会うことがある。自分にとっては幸運この上ないことだが、そのような社に出会うと今日一日が大変幸福な気分になる。熊谷市小江川に鎮座する高根神社もその一つに数えられる。
 過去通勤の関係から埼玉県道47号深谷東松山線から何度も目にしていた鳥居の風景からそこに社が存在していたことは以前から承知していたが、社に行く道が細く、なかなか参拝するとなると二の足を踏んでしまう場所だったことや、鳥居は見えても社殿など建造物が全く判別できず、どの程度の規模を有するかわからなかったことから参拝が思いのほか遅くなってしまった。
 創建は不明。由緒としては古くから「高根明神」と崇められ、地域で最高峰の高根山に鎮座していたが、江戸時代の享保年間(1716~1736)に現在地に遷座されたと伝わり、曹洞宗高根山満讃寺が別当だった。御神体は神鏡で、大祭は「平方のお獅子様」といわれている社である。

所在地  熊谷市小江川1404
御祭神  味鋤高彦根神、伊邪那岐命、伊邪那美命
社  挌  旧村社
例  祭  3月第2土曜日
 
 

 高根神社は熊谷市小江川地区に鎮座している。埼玉県道47号深谷東松山線を森林公園方面に進み、南小学校西交差点を越えると緩やかなカーブの道となり、右側にお寺(満讃寺)が見えてくるのでその先の交差点を右折すると左側方向にに高根神社の入口が小さく見える。
 
  高根神社は一面の水田の先にある鎮守の森の中に鎮座している。
 
                社頭及び参道の風景
 
高根神社  所在地 熊谷市小江川

 高根神社の祭神は、味鋤高彦根神、伊邪那岐命、伊邪那美命であり、古くから「高根明神」と崇められていた。古くは元高根に鎮座してあったものを享保年間(1716~1736)に現在地に遷祀したと伝えられていて、曹洞宗高根山満讃寺が別当であった。
 味鋤高彦根神は氷川神社の祭神素戔嗚尊の子孫である大国主命の長子であることから、ここ武蔵国にも関係深かったことがうなずける。
 当社の神体は神鏡であり、大祭は毎年3月16日で、「平方のお獅子様」と言われている。これは、上尾市平方八枝神社から獅子頭を迎えている捧祭で、悪疫退散、家内安全、厄除招福の祈りを込めて行われる。
 平成11年12月    埼玉県
                                                      案内板より引用
 
 
     社頭の参道の石段を登ると鳥居があり、また石段を上る。
 
そうするとすぐに社殿が見える。参道に対して横(東向き)を向いて鎮座している。

 
                    拝   殿
 
                    本   殿
 高根神社の祭神である味鋤高彦根神は大国主命と宗像の三女神の中の多紀理姫との間の子であり、別名 迦毛大御神(かものおおみかみ)。れっきとした出雲の神であり、同時にこの神社の北側板井地区に鎮座する出雲乃伊波比神社との関連性もあるように思える。
 また同時にこの熊谷市小江川地区は、滑川町との北側の境に位置していて、比企郡総社である伊古乃速御玉比売神社とも地形的に近い。実はこの熊谷市小江川地区は律令時代当時、男衾郡に属していたらしいが、比企郡との境界線が今一つはっきり判明されているわけではない。高根神社はこの地域にとってどのような目的で創建されたのだろうか。
 
    社殿の左側には石段を上った先に境内社があり祀られている。

   
 写真左側の合祀社から榛名神社・三峯神社、牛頭社、稲荷神社、金比羅神社、諏訪神社、八坂神社の名前がある。写真右側の石祠群は右側2つは星宮神、弥勒大菩薩と読めるが他の4つは残念ながら不明だ。
 この星宮神は妙見神と言われている。秩父地方は特に妙見信仰が今なお続く地域として有名だが、その流れか、それとも熊谷市高城神社内にある星宮からきているか。

 
 静かに佇む社。この社を含むこの一帯からくる雰囲気が自分にとって大変気持ちがいいのだ。熊谷市板井の出雲伊波比神社と同様にいつまでもこの風情ある空間を残したいと感じさせてくれる、そんな社をまた一つ発見した。

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