古社への誘い 神社散策記

たまには静かなる社の空間に身をまかせ、心身共にリフレッシュしてみませんか・・・・

柿沼雀神社

○神徳無窮(原文)
 神代之時 天照大神隠天磐窟也天地晦冥災妖並起於是八百萬神集議天鈿女之命乃為異装舞神楽演俳優為諧謔以解頣慰大神心故再君臨于高天原四海復照明矣謹按雀神社者即祭命社而自上古鎮座此地 村民仰其霊験享保三年十月十九日神祇管領卜部兼敬以宗源宣旨奉授正一位雀宮大明神位記爾授崇敬益深矣明治戊申歳秋九月氏子相議合祀境内八坂大神天滿天神二社擴社地更増築舊社改設拝殿竝祭器庫期年而竣成矣於是乎官指定神饌幣帛料供進神社頃日氏子建石欲傅比事于後微文於余依叙其梗概云爾
神の恵みを永遠に(訳文)
 神代のとき、天照大神が天の岩戸にお隠れになり、天地が暗闇になる災いが起きた。八百万の神が集まり協議し、このためにやむを得ず天鈿女之命が変わった装いで神楽を舞い、神々が大声で笑いおどけるなど演技し、大神の心が慰み、再び君主となり 高天原や四海を照らし元のように明るくなった。雀神社の者は慎んでお願いし、祭命社として直ちに此の地に鎮座し、村民はその霊験を仰いだ。享保三年十月十九日神祇管領卜部兼敬の宗源宣旨に正一位雀宮大明神の位を奉授と記されている。その後、崇拝する心は益々深くなった。明治四十二年九月氏子が相談し、八坂神社、天満天神の二社を境内に合祀し社地を広げ、更に旧社を増築、拝殿並びに祭器庫を丸一年かけて改設した。そして、官より神饌幣帛料供進神社に指定され、その頃氏子より碑を建てて此のことを記録し後世に残すように依頼され、私はあらましを短い文にした。
        
              ・所在地 埼玉県熊谷市柿沼289
              ・ご祭神 天鈿女命
              ・社 格 旧村社
              ・例 祭 元旦祭 春・秋の日待祭 夏のお祭り(八坂神社祭り)
                   *各祭日時不明    
 柿沼雀神社は国道17号バイパスを熊谷・鴻巣方面に向かい、埼玉県道341号太田熊谷線に交差する地点で左折する。国道17号バイパスから埼玉県道341号線に乗り換える際には、17号バイパスは高架橋となっていて、その手前付近で下に降りるようにしなければいけないので、そこのところは注意が必要だ。
 埼玉県道
341号線を北上して700m程進むと、右側にコンビニエンスがあり、その先のT字路を右折するとすぐ左側に柿沼雀神社の鳥居が見えてくる。社殿、参道とも南向きで南側の道に面している。多くの神社は主要な街道筋から参道がつながる形だが、この社は街道(ここでいうと埼玉県道341号線)に直接面していないのは珍しい。
        
                                     
柿沼雀神社正面
 村社以上の社格の社には通常、隣接して社務所や集会所があるが、この社にはそれがない。県道に面して食堂はあり、広い駐車場はあるが、私的な駐車場の為停めることは流石に気が引ける為、今回は路上駐車となり、急ぎ参拝を行った。
 
  鳥居の扁額には「正一位雀宮大明神」と刻印   50m程長い参道の先に拝殿が鎮座する。

 熊谷市柿沼地区に鎮座する「雀」神社。天鈿女命の「ウズメ」が「スズメ」に転じたものであると説かれているが、どちらにせよ「雀」は「スズメ」のことで、子供の頃に鳥と言われれば、ハト、カラスと並んで、やはりスズメを思い浮かべる。スズメを思い浮かべるのは、私たち人間の生活に密着した可愛い鳥だからだ。
 スズメとは、全長14-15cmスズメ目ハタオリドリ科の小鳥で、頭部は赤茶色。背は赤褐色で黒斑がある。スズメの「スズ」は、その鳴き声か、小さいものを表す「ササ(細小)」の意味で、「メ」は「群れ」の意味か、ツバメ・カモメなど「鳥」を表す接尾語であるという。
 春先は苗の害虫を食べる益鳥として扱われ、秋には稲の籾米(もみごめ)を食害する害鳥となり、古来からスズメを追い払うため、「スズメ追い」「鳥追い」などという風習が各地にあり、それに関する民謡、民話なども伝えられている。かかしもスズメ追いの道具として作られたものである。害鳥としてスズメを追い払う行為が行われる一方、スズメの恩返しなどの報恩譚では親しみを持って描かれてきた。雀はチュンチュンとよく囀るため、噂話を好む人を雀に例えることがある。
 日本人のアイデンティティがスズメによって形づくられている,なんてことは言わないが,あの茶の色,あまり主張しない姿,それらは,なんとなく日本人好みのところがあるのではないかと考えさせられる。

 すいません。「雀=スズメ」のことで、つい脱線してしまいました。
        
                                        拝 殿
○郷土こぼれ話 雀神社 (柿沼)
 雀神社は柿沼地区の神様(うぶすな神)です。神社の歴史は古く、宝暦2(1752)に記された縁起があります。これは、祭神である天鈿女命が登場する神話です。また、ウズメが転じてスズメになったと説かれています。享保3(1718)「雀之宮大明神」が正一位に叙せられた記録があり、この時の宗源宣 宗源祝詞・幣帛が今も本殿に納められているそうです。これらのことは、神社西側にある「神徳無窮」(神の恵みを永遠にの意)の碑にも残されています。
 祭神は、天鈿女命・素戔嗚尊・菅原道真です。明治42年、雀宮大明神・八坂大神・天満大神が合祀され、同年拝殿の改修が行われました。合祀に関わる改修だと考えられます。

また、ウズメには、オスメドリ(護田鳥)の意味があります。雀神社は農作物の豊作を祈る神様だといえます。天神様と言われる菅原道真の天神(雷神)も、稲作の神様、学問の神様として御利益が伝えられています。
 (中略)柿沼には、天神山という地区があります。しかし、小字ではないそうです。合祀された「天神社」があった場所が天神山となったのではないでしょうか。また、古くは「現在の熊谷市」に「雀宮神社」が3社あったと言われています。現在残っているのが雀神社(雀宮神社)であり、社は現存しないがその土地の名前として残ったのが、肥塚の雀宮だそうです。
幡羅郡柿沼村総鎮守として、古くからこの地に鎮座まします雀神社は、柿沼の地を鎮め人々の生活を、そして人々を護ってきてくださいました。私たちは、これからも雀様を大切にお祀りしていくことが肝心だと思います。
                 熊谷市ホームページ『郷土こぼれ話』 雀神社 
(柿沼)より引用
 
          本 殿               境内社3社。詳細不明。
        
                                   社殿からの風景
        
       鳥居の近郊にある大幡村道路元標(おおはたむらどうろげんぴょう)

 柿沼地内の雀神社境内に設置されている。花崗岩製で、コンクリート製の台座の上に設置されている。道路の起終点を示す標識で、明治44年に、現在の日本橋が架けられたとき、「東京市道道路元標」が設置され、大正6年の旧道路法で各市町村に一個ずつ道路元標を設置することとされた。

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