古社への誘い 神社散策記

たまには静かなる社の空間に身をまかせ、心身共にリフレッシュしてみませんか・・・・

戸宮八幡神社


        
             
・所在地 埼玉県坂戸市戸宮60
             
・ご祭神 (主)天御中主大神 (相)応仁天皇
             
・社 格 旧村社
             
・例祭等 春祭り 225日 例祭 101日 秋祭り 1123
 片柳飯盛神社参拝後、一旦国道407号線に合流し、暫く南方向に進路をとる。約1㎞先にある「坂戸ろう学園前」交差点を左折し、埼玉県道269号上伊草坂戸線を東方向に道なりに進む。2㎞程進んで正面にコンビニエンスストアに到着するY字路手前の大きく右カーブする先の十字路を右折し、400m先にある信号のある交差点を左折すると左手に戸宮八幡神社の社叢林、及び社号標柱が見えてくる。
 グーグルマップを確認すると、そこは四差路の交点にあたり、社はその四差路の北側に鎮座している。社の東側には「戸宮東集会所」があるが、集会所沿いにはロープが張ってあり、駐車スペースはあってもそこに停めることができず、道路沿いにある集会所から社入り口の僅かのスペースに路駐し、急ぎ参拝を行った。
        
                  
戸宮八幡神社遠景
 戸宮地域は、坂戸市の南東部に位置する農業地域である。『風土記稿』によれば、本は「富屋」と書いたが、いつのころか「戸宮」の文字になったという。
 
 南北に参道が通り、その間には社叢林が広がる。  参道を少し進むと石製の鳥居がある。
『日本歴史地名大系』 「戸宮村」の解説
 [現在地名]坂戸市戸宮・栄・千代田五丁目、鶴ヶ島市富士見六丁目、川越市下広谷(しもひろや)

 塚越(つかごし)村の南にあり、南は高麗郡下広谷村(現川越市)。川越秩父道が南東から北西に通る。小田原衆所領役帳に玉縄衆間宮豊前守の所領として「入西郡富屋」二一貫五六三文があり、弘治元年(一五五五)に検地が行われていた。近世には高麗郡に属した(風土記稿)。田園簿には戸宮村とあり、高五九石余で皆畑、ほかに野銭永三貫八三文。川越藩領で幕末に至る。慶安元年(一六四八)・寛文元年(一六六一)に検地が行われた(風土記稿)。
        
     入口右側には戸宮八幡神社の由緒書きが記されている案内板が設置されている。
        残念なことに長い歳月により、字が薄くなり見えない所もある。
 八幡神社
 当社の祭神は天御中主大神であり、鎮座年代は不詳であるが、往古より一村一社の鎮守として創立され、永承七年(一〇五二年)二月十五日に社殿が再建されたと伝えられ、明治五年村社となった。明治四十三年、大塚野新田に鎮座した八幡神社、御嶽神社を合祀し、現在に至っている。
 またこの地には、昭和五十一年一月二十九日坂戸市の無形民俗文化財に指定された獅子舞が伝えられている。
 詳しい記録はないが、元治阿使用中の道具や古老の口伝えによれば、徳川中期頃から一村融和団結のシンボルとして華麗な装束によって行われたが、最近、時代とともにやや簡素化されたという。しかし獅子舞そのものの演技は、古い伝統をよく守って独特な郷土芸能として保存されている。
 毎年十月一日が例祭、一月一日が元朝祭、二月二十五日が春祭り、十一月二十三日が秋祭りである。
 獅子舞の実演は、毎年十月一日の例祭当日午後二時頃から社前で行われる(以下略)
                                      案内板より引用

        
                  鳥居の左側に設置されている「戸宮の獅子舞」の案内板
 戸宮の獅子舞(坂戸市指定無形民俗文化財)
 秋になると豊年を祝う獅子舞が、市内の各地で行われます。竹で作った「ささら」と呼ばれる楽器を使って獅子舞を踊るので、「ささら舞」とも言われ、昔から地元の人々によって受継がれてきました。
 戸宮の獅子舞は、江戸時代に八幡神社のお祭りに演じられたのが始まりと言われています。
 戸宮の獅子舞は、江戸時代に五穀豊穣を祈って八幡神社の例祭に奉納されるようになったと言われています。例祭は以前、十月一日でしたが、現在は十月の第三土曜日になりました。
 獅子舞の演者は、高張・天狗・花笠・笛吹き・仲立・雌獅子・中獅子・大獅子・唄うたいで、演目は「竿がかり」・「新ささら」・「角平」の三曲です。例祭の当日は、集会場で準備を整え、ほら貝の三つの合図で行列を組み、笛、太鼓をならしながら八幡神社に向かいます。この行列を「道中ささら」と呼びます。八幡神社の前で、獅子舞を奉納して、戸宮の地区内をゆっくり舞いながら集会場へともどります。夜、ふたたび集会場の庭で、獅子舞が行われます。
 獅子舞は、笛・唄・ささらに合わせて、太鼓をたたきながら踊ります。舞の内容は、仲立の先導で、大獅子と中獅子が花笠に隠れた雌獅子を探すというもので、神話を題材にしています(以下略)。
                                      案内板より引用
        
        豊かに生い茂っている社叢林の中に社殿は静かに鎮座している。
        自然と一体感となっているこの雰囲気が心地よく感じられる社。
        
                     拝 殿
 八幡神社 坂戸市戸宮六〇(戸宮字屋原)
 当社は、この戸宮の鎮守として、開村と時を同じくして勧請されたと伝えられ、応仁天皇と天御中主大神を祀る
 社殿によると、永承七年二月一五日の再建というが、現存する棟札は、天保一二年・嘉永七年・安政四年の三枚だけで、残念ながら永承のものは失われてしまっている。
 明治五年に村社となり、同四三年には、大字大塚野新田から字八幡裏の村社八幡神社、字御嶽の御嶽神社の二社を合祀した。なお大塚野新田は八戸しかない小さな村で、昭和一五年に陸軍坂戸飛行場用地として、村全域が買収され、住民はことごとく代替地の鶴ケ島村脚折の一天狗地区に移住し、これを機に新しく神社を奉斎している。ちなみに、戦後、坂戸飛行場は廃止され、工業団地となっている。
 本殿は一間社流造りで、内陣には幣束が納められている。境内には、様々な記念碑が立ち並び、社殿を取り囲むように杉・松・檜の混淆林がある。
                                  「埼玉の神社」より引用
       
        社殿右側で、幣殿部近くに立派に聳え立つ大杉(写真左・右)


参考資料「新編武蔵風土記稿」「日本歴史地名大系」「埼玉の神社」「坂戸市HP」
    「境内案内板」等


拍手[1回]