古社への誘い 神社散策記

たまには静かなる社の空間に身をまかせ、心身共にリフレッシュしてみませんか・・・・

関浅間神社

             
                    ・所在地   埼玉県児玉郡美里町関1947
                   ・ご祭神   木花咲邪比売命
                   ・社 挌    旧指定村社 阿那志村鎮守
                   ・例祭等   祈年祭 3月29日 大祓式 7月31日 例祭1010
      地図  
https://www.google.co.jp/maps/@36.1896854,139.1945209,16z?entry=ttu

 関浅間神社は埼玉県道75号熊谷児玉線を旧児玉町方向に進み、山崎山、諏訪山の丘陵地の間を越えた関集会所のすぐ先の交差点を左折すると左側にこの社の鳥居が見えてくる。もっともその交差点には「指定村社 浅間神社」と表記された社号標柱があり、見た目だけは分かりやすい社である。
 駐車場は残念ながら無く、鳥居の前の参道が丁度車一台分くらい置くことができるスペースがあり、そこに停めて参拝を行った。 
            
                      諏訪山丘陵地の一隅に位置する鳥居
            
                                                      鳥居の右側手前にある案内板
 浅間神社 御由緒    美里町関一九四七
 □御縁起(歴史)
 当社の鎮座する川輪は、山崎山丘陵から広がる農村地帯で大字関の小字である。川輪は武蔵七党猪俣党川勾(かわわ)氏の本貫地といわれている。江戸時代は旗本安藤氏の知行地であった。
 祭神は木花咲邪比売命である。境内社には稲荷神社・八幡神社が祀られ、江戸時代末には同字の下浅間神社を本社に合祀した。
 川輪の住民は、大字関の鎮守児玉神社の氏子であるとともに、字川輪の鎮守浅間神社の氏子でもある。
 社伝によると、浅間神社の創建年代は不詳であるが、永正年間(1504-21年)に鉢形城主北条氏邦が当社を深く信仰し、社殿を再興し広大な社地を寄付したという。慶長18年(1613)の大火により社殿が灰燼に帰したが、後に村民により社殿が再建された。
 当社は浅間山の丘陵に鎮座する。江戸時代からの富士浅間信仰に基づき、地元川輪のみならず近郷近在の崇敬を仰いだ。特に雨乞いに霊験あらたかといわれ、社殿には雨乞い祈願の絵馬も奉納されている。境内地には、干ばつ時にも枯渇したことがないとされる池も現存している。
 川輪に伝承されている神楽は、通称「川輪の神楽」と呼ばれる。明治十五年に本庄市諏訪の神楽師より伝授されたとされ、以来官幣中社金鑚神社神楽に統率されたという。
                                                            案内板より引用

 
 鳥居を過ぎてから登り斜面の参道を進む。 
意外と拝殿までのルートが思った以上に長く(写真左・右)、ほの暗い参道を延々と進むその時間は心寂しく、ハイキング気分とは到底いかないものだった。 
            
                       
参道の途中には池。案内板による干ばつ用であろうか。 
            
    
          長い参道をしばらく進むと浅間神社の明るく開けた空間が広がる。
            
                                  拝 殿
 
   拝殿向拝紅梁に掲げてある「富士山」の額                  本 殿              
            
                          浅間神社社殿改修記念碑
 浅間神社社殿改修記念碑
 浅間神社は字川輪の鎮守であり。御祭神に木花咲邪比売命をお祀りしています。社伝によりますと創建年代は不詳ですが、永正年間(1504-21)に鉢形城主北条氏邦が深く信仰し、社殿を再興したといわれています。
 当社は江戸時代から富士浅間信仰に基づき、地元川輪だけでなく近在近郷の人々から広く崇敬されていました。特に雨乞いに霊験あらたかといわれています。当社の社殿は、今から106年前の明治33年に建設された後、昭和から平成の時代と、幾度かの営繕工事を重ねてまいりました。しかし、老朽化が急速に進み、改修工事を実施せざるを得ない状況となりました。
 そこで、平成18年5月6日に氏子総会を開催して協議したところ、出席者各位の賛同を得て、社殿改修の浄財を募り、改修工事の運びとなった次第です。改修総工事費は、553万5千円であり、平成18年10月9日に着工し、平成18年12月10日に完成しました。此処に改修工事の旨を石碑に刻み、後世に伝えるものであります。
                                                          
                                                                                                 境内石碑から引用
          
              
       社殿の左側の奥にある境内社(写真左・右) 
                神楽殿                    社殿脇にある「昇格参宮記念碑」 
            境内の一角に祀られている石灯篭と、その並びに聳え立つ大杉のご神木(写真左・右)

 浅間神社
 大字関にあり、木花咲邪比売命を祀る。創建の年代等不明であるが、伝えによれば永正年中(1504-1521)北条氏邦が深く当社を信仰し、社殿を再興し広大な社地を寄進したといわれるが、慶長18年(1613)火災にあい文書等すべて烏有に帰したという。 
                                                         「美里町史」より引用                                                                                                                

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